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「まったく、あいつの手の速さは異常だって。さすが最速のサーヴァントというか、なんというか」 「シロウがそれを言いますか。リンやサクラが聞いたら卒倒するでしょう。 いえ、リンならばその言葉を聞き届けるまでもなく、シロウに制裁を加えているかもしれませんね」 ちょっとした買出しの帰り道、最近どこでも見かける男の話で、士郎はセイバーと盛り上がる。 「なんでさ。おれはナンパなんてしないぞ。それこそ慎二じゃあるまいし」 「かといって、シロウはイッセイのような人となりには程遠い。 シロウのあり方が、ときとしてその印象を無節操と感じさせるのでしょう」 「む、無節操は言いすぎだろ、セイバー」 セイバーらしい直球な物言いに思わず咳き込む。 そしてあの慎二との対比にあの一成をもってこられるあたり、衛宮士郎の友人関係はまこと奇妙なものである。 「それで、おれの何が―――」 口を開いた士郎に突如覆いかぶさる影。 「オーゥ、ジャマ、ジャマー!!」 その瞬間、何が起きたか理解できず、二人は固まった。 士郎の目の前には男が立っている。形容するなら一直線という表現が当てはまる長身。明るい茶色の髪を後方に逆立て、目を覆うのは大型で紫色のサングラス。鋭角的で白と水色を基調とした服。無駄のない着こなしも相まって、清潔な建物で着る制服といった印象を与える。 「ん、ひょっとするとご存じない?この流行最先端を突っ走る社交的友好的儀礼的動作すなわち挨拶!! はいご一緒にぃ、オゥ!ジャマ、ジャマー!」 で、その男は超がつくほどの笑顔で両手を振り、いかにも頭が悪そうな挨拶らしき動作を繰り返している。 世界が灰色になったような錯覚。数秒を経て、男の奇行によって凍り付いてしまっていた時間が動き出す。 「な……何者!」 突如として現れた謎の男に対し慌てて身構えるセイバー。 セイバーの動揺はもっともだ。何せ今まで歩いていた道、二人の前方、衛宮邸までの視界には人など一人もいなかった。 会話の最中とはいえその接近に気付けなかった、否、その男が接近を気付かせなかった事実を前に、セイバーにも緊張が走る。 しかし目の前の男はそんなセイバーをものともしない。かけているサングラスを指で押し上げ、豪快に笑声を上げた。 「おーっと、こいつは失礼。ですがおれの名前などどうでもいい。あなた方の名前などさらにどうでもいい! おれが聞きたいのはただ一つ。その最速のサ……あー――」 「サ、サーヴァント?」 「そう、サーヴァント!!」 「シロウ!」 呆気にとられるまま返事をする士郎。それを聞くと男はさらに調子を上げた。 「その最速のサーヴァントとやらの、ああいやいや名前などはいい。居場所だ、どこにいるのかを教えていただきたい」 「サーヴァントの居所など知って、どうするというのです?」 セイバーの気迫を伴う問い。 しかし、男は気圧されるどころかとたんに顔を歪め、カッと目を見開き、烈火のごとく怒りをぶちまけた。 「どうしようとおれの自由!あなた方に危害を加えるつもりはないし、もしあなたがおれを止めるのならば押し通る! しかしこれだけは言っておきます。これはおれ個人の存在に関わる問題であって他人がどうこう言える問題ではない。もしあんたがおれの速さへの挑戦を妨害するというのならおれにも考えがある。さらなる速さへの犠牲としておまえを即座に徹底的に排除するッ!!」 言葉のスピードと共に闘気が増していく。その男に応じて鎧をまとうセイバー。 「ってセイバー!なにいきなり武装してるんだ!?」 「上等ォ!」 「シロウは下がって!この男は強い」 士郎の危機回避センサーはここに来て計測不可能の値をはじき出している。 ここで闘うのはマズい、わけのわからない男といきなり戦闘したとなれば、冬木の管理者たる遠坂がだまっていないだろうし、そして激しくお怒りになるのだろう――さらに被害はおれ一人が被るだろう――。なによりセイバーさんがヤル気マンマンです。 つまり周辺地域への被害規模が予測不可能。男も男でやる気らしく、セイバーが放つ戦場の気を真正面から受け止める。 結論、単純かつ当然の最善手を打つことに決定。 「名乗らぬ非礼も不問に処します。どこの魔術師かは知りませんが、聖杯戦争に関与するというのなら戦いは必至。全力を持って―――」 「あいつならいつも港にいる、青い髪だから目立つよ。名前は―――」 「港だなァ!!感謝する、さらば少年!」 「なっ、シロウ!あ、待て!」 居場所を聞くなり名前も聞かずに走り去る男。その速度は……と考えている間にもその姿は港方面へと消えてしまった。港まで走って行くつもりだろうか。 「シロウ、何故……」 「あの男は多分そう危険じゃないよ、セイバー。少なくとも、聖杯戦争には無関係だ」 「ですが―――」 「それにあいつなら自分で何とかするだろ。なにせ最速のサーヴァントだ」 「それは、そうですね。 失礼しました、マスター。相手の挑発に乗り、迂闊に戦闘行動をとろうとしてしまった」 うつむき、謝罪するセイバー。 「まあ結果として闘わずに済んだし、よしとしよう。顔を上げてくれ、セイバー」 衛宮士郎としての最善の選択。それは――― 「はい、シロウ。しかし何者だったのでしょうか。あの男の闘気、キレイや、ソウイチロウのそれに勝るとも劣りません」 「え?」 ――時には自身を殺す敵、時には命を賭して闘ってくれた友である男に、ある一つの試練を与えた。 昨日は喫茶店のウェイター、一昨日は花屋の店員、一週間前は魚屋、一ヶ月前は信じられない名前の食い物を食わされた、そもそも港に平穏がなくなったのが半年も前だろうか。 全てが遠い昔のように思え、また全てが昨日一度に起きたように感じる。大きな、それでいて些細な違和感。 しかしそれは自分の考えるところではない。いつまで続けるつもりか知らないが、役が回ってくるまではせいぜい今を楽しませてもらうとしよう。 「……しかしあまりにも」 救いがない。と呟く代わりに目前の海原にため息を沈めた。 空は快晴、今日に限って港は平穏そのものだ。どうにも長続きしない束の間の天国を満喫するにはもってこいのロケーション。しかし、一人港で竿を垂らすアロハ男の顔は冴えなかった。 「ことごとく空振りというのもな。てめぇのことながら運の無さ加減を呪うね」 そう嘆く声は言うほど悲観的ではない。彼が生前被った不運に比べれば、今の運の無さなど笑い話で済ますことができる。 たとえば、花屋で働いていたとき、客の中で見つけたいい女が坊主の知り合いで、掴みバッチリのところを蛇女に横取りされた。ある時は三人連れを一度に物にしようと早速ナンパしたら、全員が坊主の知り合いで思い出すものおぞましい食い物を食わされた。別の日には普通に喫茶店で働いていれば何故か坊主とエセ新妻が来て一騒動起こしていったりした。そして現在のマスターは……、考えるのも止めた。 しかし、こんなものは全て笑い飛ばせる次元の話だ。 ……たとえ最高の相棒になりえた女と、殺しあうことになったとしても。 らしくもない自分への舌打ち。 それに重なる乾いた音を立て、何の前触れも無く釣竿が折れた。 しばし半身が失われた竿を持ったまま硬直。 己の体たらくにもう一度舌打ちをし、ランサーは定位置から立ち上がった。 「まいったな。間桐の兄ちゃんに次はもっと上等なやつを持ってこさせるか」 吹き抜ける風におどる青い髪の尾。表情は先ほどまでと打って変わり爽快。 日差しも穏やかな昼下がり、一日をこのまま棒に振るのも野暮と言うものだ。 悪鬼の待つ教会に帰る気にもなれず、一つ町にでも繰り出そうかと考えていると、海原に漂い視界を掠める青い影。 「……ああ、海草か」 流れていくワカメを見やり、これからのことへ思考を傾けようというとき、突如として耳をつんざくような轟音。目をやれば、海岸線を爆走する巨大な紫色の車。 全身の刺々しいフォルム。およそ常識のある人間ならば関わりたいとは思えない雰囲気を持った車である。 加えてその速度が異常であった。ランサーが今回の召還で見たことのあるどんな車よりも速い。 その走行は乱暴そのもので、不審車の近くを通る車両は、サメを見て慌てて逃げ散る魚群のごとく次々とガードレールに衝突している。 ただし、暴走しているサメを思わせる車だけは減速一つしない。むしろさらに加速している。 「なんだありゃ、危ねえな。虎の姉ちゃんか?」 歩いていた足を止め、思わず車に目を奪われるランサー。 言う間にも暴走車は港に向かい一直線に疾走する。瞬間的に一つの確信が奔り、目を細める。 「敵……か」 ランサーは肌で感じ取る。その車から発せられる気が自分に突き刺さっていることを。 そして、その車はとうとう一直線を優先するあまり、あろうことか地面を離れ、堤防を乗り越え、海上を爆走している。 「おぉ、すげー芸当だ……って――」 目標地点はランサーがいる港、というと若干の誤りがある。 暴走車の目標は、もはや疑いようもなくランサーそのものであった。 「ンだとぉ!?」 瞬時に港方向へ跳躍。 ランサーを驚愕させた出来事。海上に出てさらに加速した車が跳ねた。その直線を描く軌道のまま灯台へと激突。矢のような速度も手伝って、車は跡形もなく四散した。 「ドラマティーック!エスセティーック!ファンタスティーック!ラーンディーング!」 舞い散る破片の中を落下しつつ叫びを発し、軽やかに着地をする一人の男。着地点はランサーの目前。 この車の運転手だろう。手には今しがた粉砕された車のハンドルを握っている。 ランサーは知る由もないが、その姿は先ほど街中で衛宮士郎の前に現れた男だ。 異様な風貌は変わらず。変わったものは、男の関心がランサーという目標に集中し、弾けんばかりの闘志を放っているという一点である。 ランサーは口調も軽く、悠然とたたずむ男に声をかける。 「ずいぶんと荒っぽい運転じゃねぇか。なんか悪いことでもあったか?」 港に対峙する。その空気は穏やかなものでは断じてない。 男はサングラスを上げ、笑みを浮かべる。 「いいや、非常にいいことだ。おまえが最速のサーヴァントか。とうとう見つけた! となると、先ほどはね飛ばした少年は人違いか。どうりでスロウリィなわけだ」 口を開くなりまくし立てる長身の男。後半の呟きを聞き、ランサーははたと思い当たった。 「……さっきのワカメ!?」 視界を掠めた海藻が頭をよぎる。なるほど間桐の坊主にしてみれば災難だろうが、アレと間違えられたというのもランサーとしては決して名誉なことではない。 そして何より―― 「参ったな、竿のスペアが――うおッ!」 突如として男がランサーの顔面へ向け蹴りを放つ。 軌道は槍と見まがうほどに直線。速度は直撃以外を許さぬ高速。 「過去のことだ、最速で忘れろ。 おれの名はストレイト・クーガー!この世で最も速く走る男だ」 顔をそらし直撃は避けたものの、頬にはしる一筋の朱。 放たれた一撃は、サーヴァントの反射神経をもってしても完全回避不能の蹴り。 追撃を警戒し、即座に距離をとる。ランサーは目の前の男を強敵だと認識した。 「チッ、通り名はランサーだ」 「それではランチャー」 「ランサーだ」 「ランチャー!おれの用件は――」 「ランサーだ!そんなクラスあるか」 男は悪い悪いと笑い声を上げる。 「おれの用件は一つ、おまえと最速の座をかけて勝負することだッ!」 「いやだと言ったら?」 「問答無用!!」 「上等だ……!」 敵意を向けられて逃走、降伏の体を晒すランサーではない。喧嘩ならば上等、勝負ならば勝つまでのこと。 加えて、これは聖杯戦争ではない。下らない私闘だ。繰り返される日常、夜に訪れる災いの不文律は今ここに崩壊する。 武装は同時。ランサーは得物となる紅き魔槍を手に取り、体にフィットする青の戦闘服に全身を包む。 クーガーと名乗った男は、あろうことか手に持ったハンドルに両足を通し、叫んだ。 「ラディカル・グッドスピード脚部限定!!」 クーガーの全身が虹色に光る。地面が衝撃音と共に抉れ、ハンドルもろとも光となりその両脚にまとわりつく。 一瞬後には、白と紫を基調とした装甲がクーガーの両脚、膝から下を覆っていた。 貫通力を増強するような装甲の形状は、先ほどの蹴りによる攻撃を強化するためのものだとランサーは分析する。 「物質の分解、再構成か」 「いつの間に槍を」 相手の能力を目の当たりにし、疑念の声を上げるのも同時。 「だが、魔術なしだと……」 「分解、再構成を必要としない具現型のアルターなど……」 あり得ない。ランサーは思うと共に、目の前の男も同様の表情をしていると気付く。 本来交わることのない神秘。人間が根源に近づいた証である魔術と、失われた大地で生み出された異端、アルター。両者の疑念は最後まで解けることはない。 「フッ、望むところだ。速さに能力の壁なし!」 初撃はクーガー。脚甲の踵に位置するピストンに力を一瞬にして集中。反発による超高速での突撃。二十メートル余の距離を一瞬にして無にする突進速度に乗せた蹴りを放つ。その軌道はまたも直線。 瞬きの間もなく肉薄。ランサーは得物である直槍の穂先に意識を集中させる。穂先と爪先が交差する刹那、身を反らし槍を引く。クーガーの蹴撃を槍身に滑らせ進路を逸らし、槍の後端である石突による打撃を繰り出す。 しかしクーガーは逸らされた勢いを殺そうとせずに突破し打撃を回避。脚を地に叩きつけ、一撃の速度が殺されるころには、再び両者間の距離は大きく広がっていた。 クーガーの顔に張り付く驚愕。ランサーの口元に浮かぶ余裕。 「おれの蹴りを受け流しやがった!?」 「たしかにかなりのスピードだ。人間じゃあまず避けられねぇだろうよ。 だがな、おれを最速と知っての挑戦がその程度なら、ちと力不足だ」 「……ハッ、言ってくれる!」 苦渋を飲み込み放たれる第二撃。 その胴に風穴を開けんとせまる超速の打撃をまたも受け流すランサー。両者の距離が一瞬にして縮み、また開く。 打ち合うこと数合。ヒットアンドアウェーの戦法を取るクーガーが一方的に攻め立て、ランサーは防戦一方である。 ランサーは歯噛みした。彼が最速とされる所以は神速に達する瞬間的な槍さばき。足を止めての打ち合いをしてこそ、はじめてその真価は発揮される。 クーガーの蹴りは一撃ごとに速度を増してはいるが、それをさばききれる自信がランサーにはある。しかし、相手の手が狂うのを待つ守りの戦法は彼の望むところではない。 ランサーが状況を打開するための立ち回りを検討し始めたとき、交差する数が十合を数えたところでストレイト・クーガーが突撃を止めた。 その表情には不完全燃焼の怒り、思い通りに行かない歯がゆさがにじみ出ていた。 「ランチャー。おまえはおれの速さを愚弄しているのか……?」 「ああ?ランサーだって言ってるだろ」 「おれの速さを受ける気がないのかと聞いている! 速さをぶつけ合うどころかおまえはおれの速さをことごとくあっちへこっちへスルーしやがって!ああおれはおまえを最速などとは認めない!ゆえにおまえを速攻で倒す!!」 「ゴチャゴチャとうるさい男だ。 貴様こそ腰を据えて闘え。オレの速さはそこからだ」 「断る。おれはおれの速さでおまえを倒す、最速でな!」 先ほどまでと変わらない突撃の姿勢に入るクーガー。 ランサーは納得する。正面からのぶつかり合いこそクーガーの望む戦闘。 「思い通りに行かないのはお互い様ってか!」 クーガーが蹴りを繰り出した瞬間に、今まで足を止めて迎撃していたランサーが一跳びし大きく退く。 ピストンの初速に頼った突撃は、始動時から徐々に勢いがなくなる。 今までの距離に慣れた体が、勢いが減少した蹴りに対応することは容易。 「捉えた!」 ランサーは余裕で蹴りを流し、速度の落ちたクーガーへと高速の槍を突き出す。 「ぬぅあ!」 隙をつかれ、無理矢理上体をそらし避けるクーガー、制服の襟が裂け、首筋に裂傷。 「遅いぜ、クーガーさんよ!」 「何ぃ!?」 間髪いれずに連続するなぎ払い。紅い残像がクーガーの上体に叩き付けられ、次の瞬間に堤防まで吹き飛ぶ。 港の一角が派手な音を立てて崩壊する。 「これがオレの速さだ。サーヴァントをなめるなよ」 クーガーは瓦礫の中に倒れていたが、すぐに上体を起こし、立ち上がる。 ランサーは思う、あの一撃は再起不能にするつもりで放った。あたりが浅かったのか、それとも単に頑丈なだけか。考えつつ再び槍を構える。 立ち上がり、体を震わせるクーガー。手で自らの頭を抱え込み、顔が苦悶の表情に歪む。単純なダメージによる動作でないことは明らかだった。 「お、おれが遅い……?おれがスロウリィ!?この、ストレイト・クーガーがスロウリィだとぉ!!?」 クーガーの放つ闘気が烈火のごとく燃え上がる。目の前の敵、そして己への憤怒で燃えている。 ランサーも思わず圧倒される。どうやら何かのスイッチを入れてしまったようだ。 「じょおおぉぉだんじゃねええぇぇ!!くらえ、衝撃のぉ――!!」 脹脛(ふくらはぎ)に位置する装甲が展開、ピストンには最大まで力を溜め、ストレイト・クーガーは第一の技を放つ。 クーガーの姿が消える。地を放れ、山なりの軌道を描く常人には視認不能の跳躍。その間クーガーはその身を空中に置きながらもさらに加速する。 脚部の装甲が展開した部位からは、緑色をした粒子状の物質が音を立てて噴出していた。 どの一撃をも上回る速度に反応が遅れ、槍を横に構え防御の姿勢をとるランサー。 「ファァストブリットオオォォォォ!!!」 標的へと落下する軌道で繰り出される一撃。 槍と脚が接触した途端に衝撃が弾け、それを一身に受けることとなったランサーの足下は陥没する。 威力の余波が港中に広がり、穏やかだった海を荒立てる。 「ちっ、こいつは……!」 魔力とアルター粒子の衝突により地面が隆起し、二人を中心に地形が崩壊する。 脚部そのものが推進力を発揮することによって生み出される破壊力は蹴りを超越し、渦巻く衝撃の奔流となってランサーを押し潰さんと迫る。 槍が大きくたわみ、持つ腕が後退する。 「とぅあぁ!!」 競り合いに終止符を打つべく、槍と接したピストンが打ち出される。 先ほど飛ばしたクーガー以上の勢いで吹き飛ばされるランサー。別方向の堤防が、再び音を立てて崩れ落ちる 対して、脚をスライド、体を回転させることで衝撃を殺す、独特の着地を華麗に行うクーガー。 回転が止まる。しばしその体制で固まった後、腰に手を当て勝ち誇り、高笑いする。 「はっはっは!よーやく受けやがったな、おれの速さを!」 響く高笑いはしかし、瓦礫が硝子細工のごとく粉砕され、吹き飛ばされる音に中断された。 濛々と立ち昇る煙の中、槍を携え、男は立ちあがる。 「ほぅ、おれのファーストブリットを受けて立ちあがれるとは」 ランサーは不適に笑う。傷だらけの体で槍を構えながら。 「正直舐めてたぜ。こいつは効いた……だが、次はねえ」 言い、標的を定める。穂先は己の足下。およそ距離を無にする速度の一撃に備える構えではない。 クーガーの顔から笑みが消える。 「血迷ったか。そのような構えで受けられるほど、ぬるい技だと思わないほうがいい」 「ああ。確かにオレは血迷っている」 空間が赤く染まる錯覚。地に向けられた魔槍は大気中の魔力を吸収し、脈動する。 魔術の知識など欠片もないクーガーさえも冷や汗を流し、圧倒される威圧感。 そう、血迷っている。こんな見ず知らずの、サーヴァントはおろか、魔術師ですらない男に―― 「……じゃあな。その心臓、貰い受ける!」 ――宝具を発動するなど考えもしなかった。血迷っているという表現は実に的を射ている。 今まで足を止めていたランサーが跳躍。一瞬にしてクーガーに肉薄し、身をもって最速を体現する。 「なめるな!壊滅のぉ――!」 「刺し穿つ(ゲイ)――」 もはや顔を突き合わせるほどの至近。 得物の名を紡ぐは、音そのものが魔力を帯びた言霊。 クーガーが至近距離で突撃を開始するのと、ランサーがその魔槍を解き放つのは同時。 「セカンド……ッ!?」 その同時が即ち、己の負けだと気付いたのはどちらだったか。 クーガーは無理に軌道を変えた。標的の右横をすり抜け、必死であらぬ方向へと突撃する。 「――死棘の槍(ボルク)!!」 呼び掛けと共に、ランサーの宝具が発動した。 穂先が翻る。それは因果律を狂わす魔の紅槍。 槍はクーガーの心臓を貫いたという、その結果を持って放たれる。因果の逆転。故に速さによる回避など望むべくもない。 この瞬間、ストレイト・クーガーの死は確定した。 「ぐぅ……おおぉぉぉぉ!!」 自ら生み出した勢いを御しきれず、もはや瓦礫の山と化した堤防に再び激突するクーガー。 同時に、構えを解いたランサーの左肩にある肩当てが砕けた。 舌打ちをしつつ、倒れたまま動かない標的に視線を向ける。 「死ん――」 だか、という確認の呟きは一瞬にして裏切られた。 「まだだ!おれはまだ死んじゃあいないぞ、ランチャー!」 「心臓に当たっていない……オレのゲイボルクを躱した、だと」 勢いよく立ち上がるクーガー。その右肩からおびただしい量の血を流しながら。 因果に拮抗する速度。あらゆる知覚に捉えられないその速さは因果律を欺き、魔槍の呪いさえも置き去りにする。 「そして本気だ!ラディカル・グッドスピードォ!!」 始めに武装したときと同様にクーガーの全身が虹色に光る。連続する衝撃音と共に瓦礫の山が次々に分解され、光がその全身を包む。 再構成が終わるとそこには、もはや原型をとどめていない男の姿。全身が鋭角的で、紫を基調とした装甲に包まれた、完全武装のストレイト・クーガーの姿があった。 「さあ、受けろよ!おれの最速の技!!」 クーガーの後方跳躍、一跳びで百メートルの間合いを取る。 「いいだろう、次こそは逃がさん。いや、逃げても無駄だ」 ランサーも同じく後退する。両者間の距離は二百メートルに広がった。 「テメエの頑丈さの秘密はその装甲か。 だが、オレの槍にかかれば何もかも意味を成さん」 「さっきのがおまえの必殺技か。だが、小細工に頼っているな。 フ、足りないぞ。おまえの技には速さが足りない!!」 同一の構え、四足で地に伏せ、一撃で得物を狙う獣の構え。必殺の構え。 もはや荒野に変わりつつある港に対峙する二人の最速。紅槍に迸る魔力が空気を動かし、紫の流線型に滞留するアルター粒子が大気を揺らす。 ここまでの戦闘、二人の間に存在する距離は無に等しいものだった。その速度故に並みの間合いは意味を成さず、一合ごとに数十メートルの間合いが開くのも当然のことだった。 そんな男たちが必要に迫られ開ける距離は各々百メートル。打ち合う速度は最速。その威力は論ずるべくもなく最強。 号砲は鳴らず、しかし疾走は同時。 跳躍への助走。五十メートルを瞬時に駆け抜け、弾ける青い影。 両の脹脛、そして背中からも翠煙を噴出し疾走する紫紺。同じく五十メートル地点での跳躍。 「突き穿つ(ゲイ)――」 「瞬殺の――!!」 一際高く脈動する魔槍。空中で大きく振りかぶる姿勢は投擲。今ここに必中にして必殺の槍が解き放たれる。 左足を水平に、最大出力で噴射される推進力により回転。最高速の突撃と回転力で増強された蹴りによる、最速の男が持つ最速の技が繰り出される。 「――死翔の槍(ボルク)!!」 「ファイナルブリットオオォォォ!!」 最速で放たれる槍。投擲され、飛翔するその速度は音速を越え、槍の軌跡が赤く一直線を描く。 粒子によって緑色の独楽と化す。視認し得るのはそれが通過した後に残る緑色に光る線のみ。 肉薄する紅と翠。交差する直前に加速し、男は槍を掠め目標へと突貫する。 勝利を確信した加速。だがそれは掠めた槍がただの投擲武器である場合の話。 忘れたか。其れは因果を捻じ曲げる魔の槍。影の国より受け継ぎし必中の槍。 槍の軌道は横様にVの字を描く。力学も物理法則も全てを無視した軌道変更。槍は、己の持ち主へと向かう標的を狙い勢いを増す。 或いは、知っての突撃だったのか。背後から迫る槍を考慮に入れていない速度ではない。槍を敢えて追わせることにより、最速である証明とするつもりか。 男は男へと迫り、槍は男を追う。 ――勝った!―― 思うのも同時、衝突も同時。 交わらざる異能、その最速を極める能力同士の激突は一瞬だった。 技の発動からコンマ数秒の後、激突する様すら見せずに衝撃が奔る。 激突点を中心として破壊の渦が巻き起こり、かろうじて形を残していた港の大半が呑み込まれた。海と陸の世界をつなぐ船着場は表面から瓦解し、立ち並ぶ倉庫は紙細工であるかのように舞い上がり、崩れ落ちる。 飛び散る瓦礫の中を同じく落下し、派手な水しぶきとともに海に沈む二つの体。 勝負は終わった。決することはない。ただ、終わった。 文字通り廃墟と化した港に横たわる。奇しくも、謎の闖入者によって再びランサーの楽園は破壊された。今回は物理的に。 両者とも傷は表面上ふさいだものの、疲労困憊の極み。歩くことすらままならない状態である。 ここに戦意は無い。ただぼんやりと、元港に打ち付ける波の音を聞く。気がつけば、もう日が暮れていた。 「フ、フフフフ。ランチャー」 先に口を開いたのはクーガーだった。 「ランサーだ。なんだよ、まだやる気か?」 「いや、もういい。こんな有様になってまだ闘う……か。 フ、そういうバカは知っているが、おれのキャラじゃあねえ」 「バカ……か。オレも心当たりがあるぜ」 「そうか」 ランサーは笑みを浮かべる。 「ああ、筋金入りのバカだ。 殺したはずなのに生きてやがる。勝ち目もねぇのに向かっていきやがる。ハハ、とんだ大馬鹿だろ」 「だが、そのバカが男ってやつだ。 倒れるなら前のめり。限界があったら突き抜ける」 「そうかもな」 流れる穏やかな時間。異常は明日になれば無かったことになる。 男がどこから来たのかは知らないが、ランサーが気にかけることではないと、すぐ判明した。 「時間切れのようだな。オレもアンタも」 二人の肉体が足下から消えていく。これでまた振り出し。そして男はこの世界では存在を記憶すらされない。いや、それこそ余計なお世話だ。 「ところでランチャー。おまえ、女はどうだ」 「ランサーだ。いきなりどうした。人の色恋沙汰に口出すとは、いい趣味してんな」 「速く応えろ。消えるときもおれは最速なんだよ」 クーガーの突飛な質問に、ランサーはいかにも面倒くさそうに応じた。 「女運は悪かねえよ。ただ、いつも美味しいところだけ持っていきやがる小僧がいてな」 応えを聞いて何を思ったのか、盛大な笑声を上げるクーガー。 唐突の大笑いにランサーも声が出ない。もはや怒る気にもなれず、口元に笑みを浮かべるにとどまった。 「ハッハッハ、いやいやケッサクだ。どこまで似てるんだおれとおまえは!」 「けっ、知るかよ」 もはやランサーは上半身を残すのみ。クーガーにいたってはもはや首一つといった状態だ。 クーガーは笑みを浮かべる。 「じゃあな。お互い生き急いじまったようだが……。 なかなかの速さだったぜ。ランサー」 「……言ってろ」 何をどう生き急いだのか。互いに知る由はない。 しかし、男たちはそれぞれに自分と同じにおいを感じた。 意地と、力と、男と、そして何よりも速さを残し、ストレイト・クーガーは夜の闇に消えた。 「アンタこそ……な。クーガーさんよ」 ランサーも続いて消え往く。 「だがやっぱりテメエ、ワザとやってやがったな」 去り際に残す不平も爽やかに。夜風に吹かれ、ランサーの姿も港から消えた。 冬木市の夜は更ける。回り続ける日常、繰り返される非日常。 其処に、最速をかけて闘った男たちの、彼の如き私闘が刻まれることは無い。 |
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後書き 最刀剣初の二次創作小説です。やるとしたら最初のカードはこの二人と決めてました。多分クーガーはこの前夜あたりに月から落ちてきたんだと思います(笑 理不尽パラレルはいろいろと考えずに書けるから楽ですね。出会ってる時点で矛盾だらけだから、細かい矛盾は気にせず済むので。 この二人は自分が出会ってきたキャラクターの中でぴったしベスト2にランク付けされるキャラなので、思い入れという点では申し分なく書くことが出来ました。どうにもアニキキャラというか、広く言えば三枚目キャラに弱い傾向があるようです。 ぶつけた理由は当然二人とも”最速”であるから。ランサーの兄貴は感情に起伏があるタイプのキャラなのでなかなか大変でしたが、クーガーの兄貴は何から何までストレイトなので、書いてて物凄く楽しかったです。 二次創作は習作としての意味合いが強いので、後書きのラスト一行でそのテーマを書いていこうと思います。 このランサーvsクーガーでは、邂逅、戦闘開始から必殺技という基本的な流れの戦闘描写に重点をおきました。 |